吉田百一
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会見警察(舞台脚本)
人物
相田修平 芸能事務所社長
手塚真司 雑誌記者
小島亮介 会見警察
記者A
記者B
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開幕
テーブルに相田が座っている
向かいに椅子が並ぶ。座っている手塚、A、B
記者席の奥に小島が座る
相田 今回私どもの所属タレントが数々の不祥事を起こし、皆様に多大なご迷惑とご心配をおかけいたしましたことを心からお詫び申し上げます
手塚 不祥事の内容を話していただけませんでしょうか
相田 コンプライアンスに違反したとだけお伝えさせていただきます
記者A それじゃ何も分からないじゃないですか
相田 プライバシーの保護のためです
記者B 不祥事の内容とプライバシーの保護に何の関係があるんですか?
相田 黙秘させていただきます
手塚 不祥事の件数だけでも教えていただけないでしょうか
小島、咳払いする
相田 それもプライバシー保護のため、黙秘させていただきます
手塚 五件ですか? それとも十件でしょうか
小島が立ち上がる
小島 よろしいですか。そちらの記者の方
手塚 私ですか?
小島 はい。黙秘している相手にしつこく質問を繰り返すのはコンプライアンス違反です
手塚 はあ? 誰ですかあなたは
小島、前に出る
小島 会見警察の者です。言葉が強くなりやすい会見の規律を正すため、今回から配属されることになりました。週刊誌「ケーフィ」の手塚記者でお間違いありませんか?
手塚 はい
小島 では相田社長。手塚記者にあのような質問を受けて、どう感じましたか?
相田 正直に申し上げますと、どうしてあの方は人を責めるような聞き方をするのだろうと、疑問と恐怖を覚えました
手塚 記者会見だからでしょう!
記者A 会見でも言っていいことと悪いことがあるんじゃないでしょうか
記者B 自分の方が立場が上だと誤解されているんじゃないですか?
手塚 あんたらもさっき偉そうに言ってたじゃないか!
小島 話をすり替えないで下さい
相田 そうですよ。今は手塚さんの問題について話してるんですから
手塚 あんたが言うな! 元々はあんたの会見でしょうが
小島 あんた、という言い方は良くないですね!
相田 ちょっと私、強いショックを受けましたので失礼させていただきます
記者B お気をつけて
小島 では手塚記者。どうぞこちらへ
小島、テーブルを手で指す。
小島 今から手塚記者の会見を開きますので、記者の皆さんご了承ください
記者A 当然ですね。さあ早く
会見席に座る手塚
小島 それでは記者の皆さん、あくまで規律を守り、感情的にならないよう会見をお願いいたします
記者A それでは執拗に問いかけを繰り返した点について、手塚記者はどう思われていますか
手塚 えー……大変申し訳なかったと思っています
記者B もっと具体的に言って下さい。どの発言についてそう思われているのでしょうか
手塚 それはその……黙秘されている方に対して、五件か十件かという問いかけをしたことは不適切だったと感じております
記者A そもそも回数の問題ではないんじゃないですか?
記者B それに聞いたところで正しい答えが返ってくるはずがないじゃないですか。それはあなたが一番よくご存じなんじゃないですか?
手塚 軽率な発言でした。謝罪いたします
相田が雑誌ケーフィを持って戻ってくる。小島に記事を見せる。
相田 この記事の時にですね。私は以前この方に「なぜこのタイミングで発表したのですか?」と、まるで私が何かを企んでいるかのような質問を受けまして、深く傷つきました
手塚 他の記者からも聞かれてたじゃないですか!
小島 手塚さん。自分だけじゃないからと言って、あなたが責任から逃れられる訳ではないんですよ
手塚 はい。申し訳ございません
記者A 本当に悪いと思ってるんですか!?
手塚、記者Aを手で指す
小島 今の質問は手塚さんの発言を一方的に疑ったものと受け取ってもよろしいですか?
記者A いえ、そんなつもりは……!
小島 あなたにそのつもりがなくても、言われる側が嫌な思いをしていたら、それはもう立派な人権侵害なんですよ!
手塚 あの、すいません
小島 何でしょうか
手塚 感情的にならないようにと私は最初に伺ったんですが、今一番感情的になっているのはあなたではないでしょうか
小島 違います! 私はあくまで会見警察として……
記者B どんな立場でもこの場にいる以上は同じ規律を守るべきではないでしょうか
手塚、立ち上がる。小島に席を譲る
胸をなでおろす記者A
手塚 それでは、えー、お名前は?
小島 小島亮介と申します
手塚 これから小島亮介さんの会見を開きたいと思います。あ、社長はどうぞこちらへ
相田を記者席に案内する手塚
手塚 小島さん、会見という場にふさわしくない態度をとったことについてどう思われますか?
小島 えー……大変申し訳なかったと思っています
記者A 申し訳なかったというのは……(咳払い)あの、もしよろしければもう少しだけ具体的に言っていただくことはできますでしょうか
小島 感情的になるということはこのような場において非常に不適切であり……
記者B すいません。もう少し大きな声で喋っていただくことはできますか? あ、無理はなさらないでくださいね
小島 申し訳ございません
手塚 これは私の個人的な考えなんですが、会見警察という立場上、発言や態度については一番気を遣わなければいけないのではないかと思うんですよね
小島 おっしゃる通りです。誠に申し訳ございません
ハンカチを目に当てる小島
顔を見合わせる記者AとB
記者A あの、よかったらこれで終わりにしませんか
記者B これ以上質問をしても、誰も幸せにならないですよね
小島 お気遣いありがとうございます
立ち上がる小島。AとB、小島を支えるように歩いていく。
顔を見合わせる手塚と相田。
手塚 なんか終わっちゃいましたね
相田 ほっとしていいんだか……
手塚 いいんじゃないですか? ところで、不祥事って本当のとこ何だったんですか?
相田 ここだけの話にして下さいよ。うちのタレントがですね、追いかけてきたファンの手を振り払ったというんですよ
左手で右腕を掴み、振り払う真似をする相田。
手塚 それだけですか?
相田 他にもほつれた服の糸を道路に投げ捨てたり、既婚者であるにも関わらずファンの手をぐっと握りしめたりですね。誤解を招くような様々な行動を指摘されました
手塚 それが不祥事になるんですね
相田 そういう世の中ですからね
手塚 なんだか疲れますね
相田 良かったら飲みに行きませんか? いいお店知ってるんですよ
手塚 さすが社長! 行きましょう
相田 あ、でも記事にはしないでもらえますか?
手塚 やばい店じゃないでしょうね
相田 とんでもない。健全で楽しいお店ですよ?
手塚 ほんとですかぁ?
笑いながら歩いていく二人
幕