吉田百一
レンズの向こう
人物
沼田栄一(17)高校生
高松勇(17)沼田のクラスメイト
赤畑早恵(17)沼田のクラスメイト
男子生徒A
男子生徒B
○戸羽高校・外観(夕)
夕焼け空の下、校舎が並ぶ。遠くに山が見える。
〇同・三階・廊下(夕)
窓辺で沼田栄一(17)がカメラで山を撮っている。
後ろに『写真部』のプレートがついた教室のドア。
赤畑早恵(17)が歩いてきて、沼田と並んでスマホで山を撮る。
沼田、飛び跳ねて早恵から離れる。
早恵「ごめん、邪魔しちゃった?」
首を横に振る沼田。
早恵、山に目を向ける。
早恵「あの山を撮ってたんだよね」
沼田「ま、まあね」
沼田、そっとカメラを持ち上げる。
カメラのモニターを覗き込む早恵。
画像は山の周りがぼやけている。
早恵「え、私のと全然違う!」
沼田「まあいいレンズ使ってるからね。ほら、単焦点レンズだと山が周りから浮き上がって見えるでしょ」
早恵「すごい、プロみたい! コンクールに出したりしないの?」
沼田「これは遊びで撮ったやつだから。いいのが撮れたら送ろうかなって」
早恵「本当? 私応援するね!」
頭を掻く沼田。
野球のユニフォームを着た高松勇(17)が沼田に近づきモニターを見る。
高松「おお、すごい。同じ山とは思えないな」
山に目をやる高松。
早恵「でしょ?」
早恵、高松にスマホの写真を見せる。
早苗「私なんかこれだよ。素人丸出し」
高松「これはこれで俺は好きだけどな。思い付きで撮った感じがいい」
早恵「それ嫌味? さっさと部活行けば」
高松「そうだな」
歩いていく高松。ついていく早恵。
早恵「あ、これは先週海で撮ったんだけど」
高松「おお、いいじゃないか」
窓を強く閉める沼田。高松と早恵の背中をカメラで撮る。
〇沼田家・外観(夜)
住宅街の一軒家。二階の窓から光が漏れる。
〇同・沼田の部屋(夜)
机でパソコンのキーボードを打つ沼田。
パソコン画面に赤字で『ため息掲示板』。
タイトル『こいつらどう思う?』のスレッドに、モザイクの入った高松と早恵の写真が載せられている。
写真の背景の廊下はぼやけて映っている。
『男だけ死ねばいいと思う』『パラレルワールドの俺』などレスがつく。
沼田、『体育会系のノリがほんと無理』と書き込む。
『どこの高校?』とレスがつく。
額に手を当てる沼田。『T県のH高』と書き込む。
『モザイクが邪魔』『男は野球部か?』『女の子のスペック』などレスがついていく。
沼田、『男は野球部。女の方はよく知らん』と書き込む。
〇戸羽高校・二階・教室(朝)
机でスマホを見ている沼田。
男子生徒Aの席の前に立っている高松。
A「週末カラオケ行くか」
高松「俺は無理だ。県大会がある」
教室に入ってくる男子生徒B、スマホを手に高松のもとへ。
B「なあ、これお前だよな?」
スマホ画面に高松と早恵の写真。高松のモザイクだけが消えている。
高松「俺だ。お前いつ撮った」
B「俺じゃない。誰かネットに上げた奴がいるんだよ。ほら、高校の名前とか書かれてる」
立ち上がるA。
A「マジで? やばくない? 誰だよ」
高松「いや、うちのクラスの奴じゃないだろう。見ろ、名前の漢字も出身校もでたらめだ。そいつは俺の事を全
然知らない」
顔を伏せる沼田。
早恵が沼田の傍へ。
早恵「(小声で)あの写真、沼田君でしょ」
沼田「いや、僕は……」
早恵、スマホで掲示板の写真を沼田に見せ、ぼやけた背景を指さす。
早恵「あのレンズで撮るとこうなるんだよね?」
額の汗を拭う沼田。
早恵「黙っててあげるから。高松君にちゃんと謝ってね」
A「早恵、隣にいるのお前じゃないの?」
早恵「え、私そんなに太いかな?」
Aのもとへ行く早恵。
ハンカチで汗を拭く沼田。
〇道路(夕)
鞄とカメラを持って歩く沼田。高松と早恵が映った写真を削除する。
後ろから高松が走ってくる。
手早くカメラをしまう沼田。
高松「よう沼田」
沼田「何かな」
高松「昨日の山の写真、感動したぞ。お前あんなに上手いんだな」
沼田「いや全然」
高松「謙遜するな。うまく言葉にできないがすごかった。お前には世界があんなに綺麗に見えてるんだな」
沼田「レンズ……カメラがいいだけだよ」
高松 「ものは誰が使うかで全然違うだろう。俺だって何年も同じバットを振ってきてるからな。それくらいは分
かる」
素振りの真似をする高松。俯く沼田。
高松「そうだ、今度の県大会でカメラマンをやってくれないか? 皆が頑張ってる姿を残してほしいんだ」
沼田「それは……」
後ろからAとBが走ってくる。
A「高松、犯人こいつだよ」
B「これ三階の廊下だよな。写真部があるのって何階だっけ?」
沼田にスマホ画面を突きつけるB。目を逸らす沼田。
高松「やめろ。沼田じゃない。沼田がそんな事をする理由があるか?」
A「お前に嫉妬したんじゃないの」
高松「予想でものを言うな! こいつがそんな下らない事のために写真を撮るとは俺には思えないな」
AとB、首を傾げて去っていく。
ため息をつく高松。
高松「すまん沼田。あいつらも俺のために怒ってくれてるんだ」
沼田「ねえ、今から時間ある?」
高松「ん?」
沼田の目を覗き込む高松。
〇公園(夜)
電灯の下で高松がバットを振っている。
高松にカメラを向けている沼田。モニターを見る。
高松「どうだ」
沼田「ごめん、もう一回いいかな」
高松「おう」
バットを振る高松。沼田、写真を撮る。
沼田「違う……」
高松、首を傾げる沼田のもとへ。モニターを見る。
高松「これは俺か? すごいな。今にも動き出しそうだ」
沼田「もう一回いいかな。もっと躍動感を出せると思うんだ」
高松「おう」
高松、離れる。
クロスでレンズを丁寧に拭く沼田。
高松「やっぱりお前じゃないな」
沼田「え?」
高松「正直に言うと少しだけ疑ってんだ。俺の隣に映ってたのはどう見ても早恵だからな。だが俺が間違って
た。すまん」
沼田「そんな……」
高松「俺は大切なバットで人を傷つけようなんて一度も思った事がない。お前も同じだろう? すまなかった」
沼田に頭を下げる高松。
沼田、カメラを両手で握りしめる。
沼田「違う。僕なんだよ。君が羨ましくて、つい。最低だ」
膝をつく沼田。
高松「沼田」
高松、沼田のもとへ行き手を伸ばす。
高松「沼田。じゃあ今度はお前が満足いくものを撮って、ネットに上げてくれ」
沼田、高松を見上げる。
夜空の月。バットを振る音とシャッター音。
沼田と高松、モニターを覗き込む。
沼田と高松「これだ!」
高松「最高だな」
沼田「あのさ、高松君。この写真、ネットじゃなくてコンクールに出したらダメかな」
高松「コンクールか。俺なんかでよければ、ぜひ使ってくれ」
沼田「ありがとう!」
公園を見回す沼田。
沼田「あ、ごめん。こんなに遅くまで……」
高松「何を謝る事がある」
高松、笑顔で沼田に拳を突き出す。
おずおずと拳を出す沼田。拳を打ち合わせる。
(終わり)