吉田百一
秋のゴミ山
人物
花田弥生(30)市役所の職員
馬場良子(70)無職
主婦
〇良子の家・外観
玄関と庭がつながった一戸建て。
庭にはペットボトルやゴミの詰まった
袋、AV機器が山積みになっている。
隣の庭には実が成った柿の木。
○良子の家・居間
花田弥生(30)と馬場良子(70)がテーブルを挟んで座っている。それぞれの前にお茶。
弥生は首から『環境課 花田弥生』と書かれた名札を下げている。
部屋にはビニール袋に入ったゴミやペットボトルの山。
棚の上にテレビやラジカセ、トースターなど。
大きな窓はゴミでほぼ隠れている。
弥生「単刀直入にお伝えします。馬場さん、ご近所の方からクレームが来ています」
良子「そうなの? 困ったわねえ」
お茶を飲む良子。
弥生「少しずつでも処分してもらえませんか。特に生ゴミは匂いがありますから」
良子「まあ迷惑になってるなら仕方ないわね」
立ち上がる良子。
良子「重いものは任せていいかしら? 腰が悪くてね。あとトイレも掃除しといてもらえる?」
弥生「あの、私はお話に来ただけで。必要なら業者に見積もりに来てもらいましょうか」
良子「お金なんて誰が払うもんですか。あなた仕事で来てるんでしょ」
弥生「お掃除はお掃除屋さんの仕事ですよ」
立ち上がる弥生。
良子「何よ。急に家に入ってきて偉そうに」
弥生、ゴミ袋を一つ廊下へ出す。
弥生「お茶をいただいたお礼です。後はお任せしますね。それではお邪魔しました」
お辞儀をして玄関へ向かう弥生。
良子、ゴミ袋を蹴る。
〇市役所・環境課(夕)
机のパソコンと向き合う弥生。腕時計を見る。
午後五時十五分ちょうどを指す時計。
マウスを動かす弥生。
パソコン画面。カーソルが『シャットダウン』の上へ。
立ち上がる弥生。
〇良子の家・玄関前(夕)
主婦が玄関にいる良子と向き合っている。
道路を弥生が歩いてくる。
主婦「この前なんてネズミが出たんですよ! 生ゴミだけでも処分してもらえませんか」
良子「悪いけど市役所の人に頼んで」
主婦「あなたの家でしょ!?」
主婦の後ろを歩いていく弥生。
〇市役所・環境課(朝)
席で受話器を持っている弥生。
弥生「はい。分かりました。もう一度相談してみますので。はい。失礼いたします」
受話器を置く弥生。ため息をつく。
〇良子の家・居間
弥生と良子がテーブルを挟んで座っている。弥生の傍にバッグ。
弥生、『ハウスクリーニング』と書かれたチラシを渡す。
弥生「市から補助金が出ますので、お支払いはこのくらいで済みます」
電卓を差し出す弥生。
電卓を押し返す良子。
良子「だからお金がないの。ねえあなたも忙しいんでしょ? 素直に手伝った方が早いと思わない? またクレ
ームが来るわよ」
チラシと電卓をバッグに押し込む弥生。腕時計を見る。
弥生「じゃあ三十分だけ」
頷く良子。
〇良子の家・庭
窓の近くのゴミがなくなり、地面が見えている。
庭の隅にゴミが寄せられている。
弥生が大きな段ボール箱をふらつきながら隅に運んでいる。
ビニール袋を持った良子が玄関の方から入ってくる。
良子「まあ綺麗になったじゃない。あ、それは捨てちゃダメよ。こっちこっち」
窓際まで走り、地面を指さす良子。
弥生、段ボールを窓際に置き汗を拭く。
弥生「大事な物は分けておいて下さいよ」
良子「それができたらこんな事にならないわよ」
窓から居間に入る良子。
テーブルに袋を置き、リモコンをテレビに向けて電源を何度も押す。
良子「あら、つかない」
弥生「埃まみれだったからコンセントを抜いておきました」
床に置かれた、埃まみれのタコ足配線。テレビやラジカセのコンセントがささっている。
良子「そう。雑巾持ってくればいいの?」
時計を見る弥生。窓から居間へ。
弥生「帰ります」
良子「え? ちょっと片付けただけじゃない」
弥生「雑巾は少しだけ濡らしてよく絞って下さいね。あと必ず乾くまで待って下さい」
良子「面倒ね」
弥生「たぶんこの家よく燃えますから十分注意して下さいね。では失礼します」
弥生、バッグを持って廊下へ向かう。
良子「待ちなさい。お駄賃あげる」
良子、袋から大福を二つ取り出す。
弥生「はあ。どうも」
二つとも取る弥生。
弥生の手を叩く良子。一つを弥生に渡し、一つを食べる。
良子「働いた後は甘いものが美味しいわよ」
弥生「失礼します」
大福をバッグに入れ居間を出る弥生。
〇メゾン橘・弥生の部屋(夜)
フローリングにテーブルや、綺麗に本が並べられた本棚が置かれている。
テーブルの上に大福。
パジャマ姿の弥生がバスタオルで髪を拭いている。
背伸びをする弥生。サイレンの音。
カーテンを開け窓の外を見る弥生。
窓から見える夜景。遠くに煙が上がっている。道路を消防車が走っていく。
窓から離れ、椅子に座って髪を拭く弥生。
大福に目を向け、バスタオルを床に投げる。
〇良子の家・玄関・外(夜)
パジャマ姿で自転車をこぐ弥生が走ってくる。
明かりが点いていない良子の家。
弥生、家の前でブレーキをかける。遠くからサイレンの音。
髪を掻きむしる弥生。自転車を来た方に向ける。火花の音。
弥生、庭に目を向ける。
庭から煙が上がっている。
〇良子の家・庭(夜)
うちわを持った良子が庭に屈みこみ、七輪でサンマを二匹焼いている。
傍に開いた段ボール箱。
うちわで七輪を仰ぐ良子。
黒いゴミ袋に七輪の火が映る。
玄関の方から弥生が歩いてくる。
良子「あら、お行儀の悪い。ちゃんと玄関から入りなさい」
弥生「何してるんですか」
良子「何って七輪焼きよ。今の子は知らないかしら?」
弥生、良子の傍へ行き屈みこむ。
弥生「動画で見た事あります」
良子「二言目には『見た事あります』。若い子はみんなそうね。見た事しかないのに知ったような事言って」
弥生「美味しそうですね」
良子「あげないよわ」
サンマをうちわであおぐ良子。サイレンの音が聞こえる。
良子「わざわざ心配して来てくれたの?」
弥生「なんの事ですか?」
良子「あなた、うちが火事になったと思ったんでしょ」
弥生「たまたま通りかかっただけです」
良子「そんな恰好で?」
弥生「はい。悪いですか?」
背伸びする弥生。
弥生「お腹すいたなあ。なんでだろう。そういえば今日はすごく働いたような」
良子「あのくらいで情けないわね」
サンマに手を伸ばす弥生。
弥生「これ焼けてますよね」
良子、弥生の手をうちわで叩いて立ち上がる。
良子「大根おろし取ってくるわ」
弥生「ええ? このままが一番美味しいですよ」
良子「それも動画で見ただけでしょ。いいから待ってなさい」
良子、うちわを置いて窓から居間へ。
うちわを取り、サンマをあおぐ弥生。
空を見上げる弥生。
空に満月。
(終わり)