吉田百一
暇つぶし
人物
時田真知子(60)主婦
日吉朱美(60)主婦
近藤孝弘(60)バイトの斡旋者
〇フリースペース
時田真知子(60)が頬杖をついてスマホをいじっている。テーブルにバッグ。
スマホ画面。『今すぐ借金を帳消しにできます』の文字。
ため息をついてスマホを切る真知子。背伸びする。
近藤の声「暇そうですね」
はっと振り返る真知子。
近藤孝弘(60)が後ろに立っている。
近藤「暇そうですね」
真知子「お構いなく」
バッグを取る真知子。
近藤「暇つぶしをしませんか?」
真知子「結構です」
真知子、立ち上がり出口へ向かう。
近藤「お金になりますよ。時給千二百円」
振り返る真知子。
近藤「簡単なバイトですよ。座ってパソコンに文字を打つだけ」
真知子「私パソコン使えませんから」
近藤「もちろんお教えします。そしたら他でももっと稼げるでしょ?」
近藤を振り返る真知子。
〇レンタルスペース
日吉朱美(60)がパソコンに向かっている。
ドアが開き、近藤と真知子が入る。
近藤「どうぞ座ってください」
朱美の隣の椅子を引く近藤。
真知子、座って朱美に会釈する。
真知子「どんなことするんですか?」
真知子、朱美のパソコン画面を覗く。
近藤「今は芸能人の噂話を書いてもらってます」
パソコン画面。『また不倫か』『どうせ炎上商法』。その周りに商品広告。
朱美、キーボードを打つ。
パソコン画面。『本人が匂わせ写真を上げてましたね』と書かれていく。
近藤「まあデマなんですけどね」
真知子「デマ?」
近藤「それらしいことを言うとみんな乗ってくれるんですよ」
真知子「訴えられるでしょ?」
近藤「特定してないから大丈夫です」
パソコン画面。『〇丘△四郎の不倫疑惑』の文字とモザイク入りの写真。
近藤「広告欄があるでしょ。そこから収益が出るんですよ」
真知子、席を立つ。
真知子「関わりたくないです。失礼します」
朱美「あの、本当に楽なんですよ。それに完全なデマでもないですから。この人の噂、聞いたことあるでしょ?」
画面を指差す朱美。
立ち止まる真知子。
近藤「もし完全なデマだったとしたら、みんな忘れて終わりですよ。そんなに影響力はないんです。ただ話題を出して、みんなで暇をつぶしてるだけです」
真知子「でもねえ。実際に誰かが不幸になるかもしれない訳でしょ?」
近藤「そうですねえ……じゃあ明るいネタにしましょうか。コンビニはよく行かれますか?」
真知子「はい。まあ」
近藤「では新商品を予想するのはどうですか? 誰も不幸にならないでしょ」
近藤、パソコン席の椅子を引く。
近藤「どうぞ。どんなのが出たら嬉しいですか?」
真知子、バッグを置き席へ。
真知子「まあやっぱり甘いものかしらね」
近藤「いいですね。じゃあまずは、このマウスの動かし方から教えますね」
真知子「そのくらい知ってます!」
笑い合う二人。
〇同・外観(夜)
建物の窓から光が漏れている。
〇同・会議室(夜)
朱美、真知子が並んでキーボードを打つ。
真知子のパソコン画面の文字『値上げいい加減にしてくれ』『わざわざコンビニで買う理由がない』
真知子、キーボードを打つ。
画面の文字『値段と中身が見合ってないよね』
朱美が画面を覗き込む。
真知子「いけない、つい本音が」
笑う真知子。
朱美「その方が楽しいでしょ?」
真知子「まあね」
朱美「こっちも盛り上がってるよ」
朱美、真知子にスマホを見せる。
画面を覗き込む真知子。
スマホ画面。ニュースサイトに『不倫騒動の真相』。
朱美「デマじゃなかった」
真知子「やっぱり!?」
朱美「みんな大騒ぎ」
真知子「そりゃねぇ」
笑いながらパソコン画面を見る二人。
午後10時をさす時計。
背伸びする真知子。
真知子「うーん」
朱美「目が疲れるよね」
真知子「そう。あと最近肩こりが酷くてね」
朱美「え、私も! 薬は飲んでる?」
真知子「まさか。効くかどうか分からないものにお金は使えないわ」
朱美、バッグから飲み薬を取り出す。
朱美「これ。すごく効くのよ。海の栄養が詰まってるんだけど、人気がありすぎてどこでも品切れ。飲んでみる?」
頷く真知子。朱美、真知子の手に錠剤を乗せる。
飲んでまばたきする真知子。
真知子「あれ? 目がスッキリした」
朱美「でしょ!? 朝になったら嘘みたいに肩が軽くなるから」
朱美、真知子に袋ごと渡す。
真知子「なんで?」
朱美「せっかくお友達になれたから、プレゼント」
真知子「悪いわよ」
朱美「実はね、私その販売員やってるの。だからまた欲しくなったら言って」
真知子「そんな仕事もあるんだ」
真知子に耳打ちする朱美。
朱美「こんなバイトよりよっぽど儲かるよ」
真知子「本当?」
朱美、真知子の持つ袋に触れつつ、
朱美「誰かに売ったら利益の10%がもらえるの。一袋いくらだと思う?」
真知子「三千円くらい?」
朱美、真知子に耳打ちする。
真知子、驚いた顔を朱美に向ける。
真知子「嘘でしょ?」
朱美「その10%だから……」
真知子「その仕事、誰に紹介してもらったの?」
朱美「本当はダメなんだけど……私が紹介してあげようか?」
真知子「お願い!」
扉の隙間から近藤が覗いている。
朱美「ただしルールがあってね。自分の分も毎月買ってもらわないといけないの。その、ノルマじゃないんだけど」
真知子「バイト代も入るから大丈夫よ!」
扉を閉め、正面を向く近藤。
近藤「これでは借金がますます増えていきますね」
楽しそうに笑う近藤。身を乗り出し同意を求めるように、
近藤「やっぱり人様の不幸を眺めるのが一番の暇つぶしですよね」
(終わり)