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   バッド稼ぎ

   人物
 森田茜(22)動画配信者
 柳健人(22)茜の友人

〇アパート・柳の部屋
   柳健人(22)がソファーに座ってスマホを見ている。
   スマホ画面。『Butcha』のアイコンをタップ。
   森田茜(22)の姿が映る。隅に『本音トーク中』とテロップ。
   右下に親指を下に向けたアイコン。その下に『42』と表示。
   コメント欄に『KENが入室しました』と表示。
茜「もうほんと酷いですよね。あ、KENさんいらっしゃい。今日もぶっちゃけてまーす」
   スマホ画面。『例の芸人をどう思う?』とコメントがつく。    
茜「え、例の芸人? 誰だっけ。皆さん分かりますか?」
   柳、『事務所と揉めてるあの人』とコメント。
茜「あ、ありがとうございます。あの人か! 私あの人のこと知らなかったんですよ。最初誰?って思っちゃって」
   アイコンの数字が『50』に増える。コメント『同感です』『炎上商法』
茜「炎上商法かー。でも芸人さんなら『事務所トラブルあるある』とかネタにすればいいのにって思いません? ネタにできない時点で芸人失格ですよね」
   コメント『これは悪いwww』『よく言ってくれた!』『露骨なバッド稼ぎw』
   アイコンの数字が『67』まで増えていく。
茜「みんなありがとう。みんな嫌なこと吐き出していってね」
   スマホを見つめる柳。

〇州波大学・教室
   柳が座ってスマホをいじっている。
   茜が入ってくる。とぼとぼ柳のもとへ。
柳「おはよう」
茜「おはよう。いつもコメントありがと」
   健人、茜に親指を立てる。
柳「いや、こうかな?」
   親指を下げる健人。薄く笑う茜。
柳「どうした。何かあった?」
   茜、スマホを出し柳に見せる。
   スマホ画面。『Butcha運営 配信者各位 いつも本サービスをご利用いただきありがとうございます』

   『最近SNSなどで、「不適切表現の温床」などと揶揄する声が相次いでおります』

   『当社は視聴者の皆さまに楽しんでいただくことを第一に考えており、これらの声を真摯に受け止めてまいります』

   『そのため配信者の皆さまには、皮肉や罵倒といった批判的な発言を今後一切禁止させていただきます』
柳「批判的な発言を禁止させていただきます……え、何も言えなくなるじゃん」
茜「でしょ!? みんな楽しんでくれてるのに最悪」
   茜、画面を切って俯く。
   茜を見つめる柳。

〇アパート・茜の部屋 
   机についてパソコンと向き合う茜。
   動画のコメント画面。
   『KEN 本音が言えない世の中 最高過ぎて〇にたくなる』
   投稿には下親指アイコンと『80』の数字。
   茜、『返信を表示』をクリック。コメント『最高(最低)』『きっと何もない綺麗な世の中になるんだろうな』
   茜、大きく頷く。
   パソコン画面。数字『0』のついた下親指アイコン。
   茜が画面に映っている。テロップに『まったり配信』。
茜「私も卒業したら忙しくなるから、ちょうどやめ時かなと思ってたんですよ」
    画面のコメント『つまんねえ』『まさにバッドエンド』
茜「じゃあ最後にもう一回ぶっちゃけトークをします。今から言うことは全部心からの本音です」
   大きく息を吸う茜。

   コメント『今までのは違ったの?』『本領発揮か?』
茜「私は今回規制が入って、心の底から喜んでます! 皮肉とか暴言とか悪い言葉がなくなったら、みんながものすごく正直で優しい天国みたいな世の中になると思うから」
   コメント『嘘をつくな!www』『本音(大嘘)』『嘘つきはバッドw』
   バッドの数字が『50』まで増えていく。
茜「これから卒業して、大人の皆さんが作ってくれた綺麗な社会に出て行くのが楽しみです。文句とか苦情とか全部禁止されて、みんなが幸せに生きていける世界で私は思いっきり笑いながら暮らしていけると信じてます」
   バッド数『200』。

   KENのコメント『最高のバッド!』
   画面に顔を寄せる茜の笑顔。
茜「じゃあ最後の最後に、今度はちゃんと本音を言います。みんな今までありがとう! 大好きだよ。バイバイ」
   画面に手を振る茜。
   バッド数『300』。さらに増えていく。
                                              (終わり)

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